登場者プロフィール
宮地 直樹(みやぢ なおき)
その他 : 日本クリケット協会CEO法学部 卒業2001年慶應義塾大学法学部卒業。2003年英国LSE修士課程修了。クリケット日本代表(2000~13年)。奪ウィケット数は代表歴代1位。2008年より現職。2015年日英協会賞受賞。
宮地 直樹(みやぢ なおき)
その他 : 日本クリケット協会CEO法学部 卒業2001年慶應義塾大学法学部卒業。2003年英国LSE修士課程修了。クリケット日本代表(2000~13年)。奪ウィケット数は代表歴代1位。2008年より現職。2015年日英協会賞受賞。
畑中 洋亮 (はたなか ようすけ)
その他 : 一般財団法人あなたの医療代表理事理工学部 卒業2006年慶應義塾大学理工学部卒業。在学中に公認学生団体慶應クリケットクラブで学生選手権優勝を果たした他、クリケット学生日本代表にも選抜。
畑中 洋亮 (はたなか ようすけ)
その他 : 一般財団法人あなたの医療代表理事理工学部 卒業2006年慶應義塾大学理工学部卒業。在学中に公認学生団体慶應クリケットクラブで学生選手権優勝を果たした他、クリケット学生日本代表にも選抜。
中山 綾子(なかやま あやこ)
理工学部 卒業理工学研究科 卒業2014年クリケット女子日本代表として仁川アジア大会出場。2018年に日本クリケット協会年間最優秀選手受賞。
中山 綾子(なかやま あやこ)
理工学部 卒業理工学研究科 卒業2014年クリケット女子日本代表として仁川アジア大会出場。2018年に日本クリケット協会年間最優秀選手受賞。
野球とは似て非なるスポーツ?
クリケットはとても多くの競技人口を誇る世界的に人気のスポーツです。私はスコットランド人の母に連れられて子どもの頃に英国で触れたのが最初で、野球やサッカーが得意だったので初めから上手いほうでした。未経験者も入りやすいスポーツだと思いますが、日本ではマイナーでプレーできる場所も多くありません。
野球と似ていると言われますが、ルールは随分違いますよね。
クリケットは11人対11人で行うチームスポーツです。
野球のように投手(ボーラー)が投げたワンバウンドのボールを打者(バッター)が羽子板のような形のバットで打つのですが、バッターは「ウィケット」と呼ばれる門型の木組みを崩されないように打ち返します。楕円状のグラウンドでボーラーと捕手(ウィケットキーパー)以外の野手が打球を追っている間に、2人のバッター(ストライカーとノンストライカー)は「クリース」と呼ばれる2つのウィケット間のゾーンを走って行き来する。2人の走者がクリースを越えるごとに1得点が入り、野手の返球でウィケットが倒されたらアウトとなります。
10人のバッターがアウトになるか規定投球数に達すると攻守交代し、得点が多いほうの勝ちになります。
グラウンドには野球と違ってファウルゾーンがなく、バッターは360°全方位にボールを打つことができます。グラウンドの境界線は「バウンダリー」と呼ばれ、バウンドせずに打球が越えれば「シックス(6得点)」、バウンドして越えれば「フォー(4得点)」。英国やインドをはじめ多くの国でプロリーグがあり、大きなスタジアムで高得点のプレーが出るととても盛り上がりますよね。
普及活動に奔走した学生時代
世界中に熱狂的なファンがいるスポーツなのに、日本では大学に入るまでプレーの機会がほとんどありませんでした。
今日揃った3人は皆、公認学生団体の慶應義塾大学クリケットクラブ出身ですが、2人はそもそもどうして入部したのですか?
勧誘してくれた先輩がとても素敵な女性だったから(笑)。でも当時は、いくつかのサークルを兼部していてしばらく幽霊部員でした。
真剣に始めたきっかけは関東クリケット学生連盟の議長になってしまったことです。慶應の部員は1学年に数名しかおらず、関東の大学でもチーム数が限られていました。議長なのにクリケットが下手なのは格好悪いからと真面目に始め、チャンピオンズウィケット(学生日本一決定戦)に優勝し、学生日本代表にもなりました。
畑中さんは当時、日本クリケット協会(JCA)のボランティアもされていましたよね?
「レクリエーショナルクリケット協会」の代表で、日本クリケット協会を立ち上げ初代理事長を務めた中央大学出身の松村謙一郎さんから「普及活動を手伝ってほしい」と。その流れでJCAの運営に関わることになりました。
畑中さんは英語が話せたからね。私もそうだけど、外国の人とコミュニケーションがとれるスキルは重宝されますね。
JCAは国際連盟の会員団体として当時、国際クリケット評議会(ICC)から年間100万円ほどの補助金を受けていました。各国の会員組織の中で「アソシエイトメンバーシップ」に格上げされると金額が10倍以上になると言われ、いろいろな要件を消化するために奔走しました。
どんな要件があったのですか?
国際大会ができる規模のグラウンドを設置したり、海外の団体に営業して大会ホストを務めたり、日本代表の国際大会の出場実績をつくったりしました。そうしてJCAがアソシエイトに格上げされ職員を雇用できるようになり、宮地さんには事務局長を務めていただくことになりました。
女子代表の国際大会出場実績や代表強化プログラムを設けることも要件にありました。この時に元ニュージーランド代表でワールドカップの優勝メンバーだったカトリーナ・キーナンさんを女子代表コーチに招聘できたのです。海外遠征の機会が増え、女子代表が強くなっていった頃ですが、中山さんもメンバーの1人でしたよね。
最多奪ウィケット記録保持者に
綾子さんはなぜクリケットを始めたんですか?
本格的に始めたのは慶應のクリケットクラブですが、初めてプレーしたのは小学生の時です。学校の国際理解教室プログラムでオーストラリアかニュージーランドから来た先生にクリケットを教えてもらい、それがとても楽しかった思い出があります。大学では人がやらないようなマイナースポーツをやってみたいと思っていたところ、クリケットクラブの名前を発見してすぐに入部を決めました。
大学でやるクリケットは小学校で体験したのとは違ったのではないですか? 例えばボールの硬さとか。
大学では最初、普及活動で使うような軟らかいボールとプラスチック製のバットでやらせてもらいました。バットによく当たるのがとても楽しく(バッターはアウトになるまで交代しないのがルール)、大学で本格的に取り組むことにしました。
綾子さんは日本代表時代、レッグスピン(投球がワンバウンドした後外側にはねる回転)が投げられるスピナー(変化球ボーラー)として大活躍しましたね。ボーラーになったきっかけは何ですか?
投げるのも打つのも楽しかったので、とくにきっかけはないんですけど……。
手首を少し内側に入れるようなフォームで投げますよね。綾子さんのプレーを、女子代表の練習で初めて見た時に、スピンがよくかかりそうな投げ方だなと感じました。
バドミントンをやっていたせいか私のボールは少し曲がるクセがあるんです。私としてはまっすぐ投げているつもりでしたが……。大学3、4年生の頃に「スピンも投げてみれば?」と言われて始めたのがきっかけです。
ほかの球技ではそういうクセは直されがちだけど、クリケットではスピンを投げられることがボーラーの強みになるよね。そして日本代表入りを果たし、最多奪ウィケットの記録を持つまでになりました。
それは後に聞いて知りました。2022年にある選手がモストウィケット(最多奪ウィケット記録)を獲ったと聞き、「誰の記録を抜いたの?」と周りに訊いて初めて私が記録を持っていたことを知りました(笑)。
クリケットができない!
いつごろまで女子代表でプレーしていたんですか?
2017年までです。2012年に理工学研究科修士課程を修了した後も、5年ほどは社会人選手として競技を続けていました。
2014年の仁川アジア競技大会(アジア大会)に出場したメンバーの多くは早く引退してしまいましたが、綾子さんはその後も3年ほど続けましたよね。仕事との両立は大変ではなかったですか?
むしろ修士課程の研究のほうが忙しかったです。土日も関係なく、朝から晩まで大学にいましたから。社会人は会社が許してくれる範囲で自分でマネジメントできるので学生時代よりもやりやすかったです。
畑中さんが一番クリケットに関わっていたのは大学院時代ですか?
そうですね。僕が慶應の理工学部化学科で在籍していた研究室は実験がとても多く、これではJCAの活動に支障をきたしてしまうと危機感をもちました(笑)。当時、クリケット協会の経営を何とか軌道に載せたいと考えていたのですが、研究室を休むと怒られる。このままでは遠征にも行けないと思い、クリケットの仕事を続けるために東大の大学院に移りました。
東大の研究室はスパコンを使う研究を行っており、難しいプログラムをセットするとこの間はやることがない。あえて複雑なプログラムをつくって遠征引率などしていました。
皆、そうやって機会をつくっていたのですね。僕もLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)に留学した真の動機はクリケットでした。
クリケットはグローバルスポーツなので日本でも頑張ればメジャーにいけるポテンシャルがあります。道を切り拓く精神や実践の方法は、後にマイナー事業のスタートアップを経営するためにかなり鍛えられた気がします。
畑中さんの熱意はボランティアのレベルをはるかに超えていましたよ。
事業経営だと思って取り組んでいました。オフィスを借り、専任の事務局長の席を設け、アルバイトまで雇ったのは使命感を持っていたからです。自分自身も修士課程を終えたらJCAの事務局としてフルタイム雇用して続けようかとも考えましたが、この時には経営のほうに興味が向いており、直樹さんにバトンを渡したというわけです。
そこまでして関わるからには競技の楽しさにも惹かれていたわけですよね。どういうところが面白かったですか?
物理的に計算してプレーできるところです。僕は根が科学者なので、これくらいの速度と角度で投げればボールはあそこでこう跳ねるだろう、といったことをよく考えていました。クリケットは再現性が高いところが面白く、学生代表の時には同じ場所にほぼ100%投げられるようになっていました。
そのスキルもすごいよね。
ボーラーのほうがメインだったのですか?
バッターは凡退するとすぐに終わってしまうので、あまり面白いと思えなかったんです。身体が硬いのでそもそも打撃が苦手でした。
野球経験者でもクリケットのバッティングは慣れないですよね。
ボールに向かって足を出すのが難しいんですよ。
ゴルフのスイングに似ているけど、クリケットは身体に引きつけて打つからね。
人工芝か、天然芝か
私たちは現役時代、3人ともボーラーだったのですね。
ボーラーは公園等で1人で投げ込み練習ができますからね。バッティングの練習はそうもいきません。日本に優れたボーラーが多いのは練習環境もある気がします。
そうですね。バッティング練習の機会が少ない上、投球の再現性が高いボーラーが投げてくれないと練習にならないので、僕が協会の運営に関わっていた時には補助金を使ってオーストラリア製のボーリングマシンを2台購入し、富士クリケットグラウンドに入れました。
今はクリケットグラウンドもできて環境は良くなりましたが、昔は平らなピッチで練習できる場所が少なかったですよね。
大学は人工芝のピッチでしたが、綾子さんは国際試合でいきなりターフピッチ(天然芝)でプレーしたわけですよね。その時のことは覚えていますか。
芝目がとてもきれいで、本場はさすがに違うなと思いました。ターフピッチは土を完全に固めてサーフェスをつくるのでメンテナンスにもお金がかかります。日本のグラウンドはコンクリートの上に人工芝を貼っているだけなので、そもそもボールの跳ね方が全然違いました。
ターフピッチはボーラーに有利ですよね。綾子さんのようなスピナーのボールはバッターも戸惑うでしょう。
僕は再現性が低いからターフピッチは好きじゃない。
科学者としては、ということですね(笑)。
そう。コンクリートは芝生の状態に左右されないので投げやすいのですが、ターフはメンテナンスによって跳ね方が変わるので冗談じゃないと思っていました(笑)。
クリケットが導く素敵な体験
畑中さんはどんなところに遠征に行きましたか?
最初はICCの会議のためにインドに行きました。各国代表の偉いおじいさんたちが集まる中に1人だけ学生の私がいるシュールなシチュエーションで、歓待されたのを覚えています。
「国際スポーツってすごいな」と思いましたよ。だって僕の隣にインドの農業大臣が座っているわけですから(笑)。「会長選挙に出るからよろしく」と挨拶されて、在インド日本大使館の人たちからも「私たちがアポを取れないような相手にあなたはなぜ会えるのか」と驚かれました。協会の仕事にのめり込んでいったのは、そういう衝撃的な経験があったからかもしれません。
それは貴重な経験ですね。
試合のほうは女子の遠征に力を入れていました。というのも、当時の男子に学生選手があまりおらず、遠征が組みにくかったからです。女子代表は学生中心のチームができており、遠征の効果が期待できました。
女子もプレーできると認知されれば市場は倍になるので、普及活動のポイントでした。元ニュージーランド代表のカトリーナさんが日本のクリケットに協力したいと言ってくれたことも大きく、遠征を組んだり、ユニフォームをつくったり、資金集めをしたりと女子代表のほうに協会のエネルギーを注ぎました。
このころに初めて女子チームにスポンサーが付いてくれましたよね。そういう動きやスター選手をコーチに迎えられたタイミングがマッチした。選手たちも頑張って、2010年の広州アジア大会で銅メダルを獲り、ランキングも13位まで上昇しました。
この時に強豪国のジンバブエを破る快挙もありました。綾子さんも代表メンバーでしたよね。
そうですね。バングラデシュやジンバブエといった強豪国と戦えたのも貴重な機会でしたが、個人的にはアジア大会で他の競技の有名選手が大勢集まる中で、日本代表としてプレーができたのは大きな経験でした。
アジア大会のようにいろいろな競技の選手が集まる総合スポーツ大会の醍醐味ですね。遠征先の中で印象に残っている国はありますか?
サモアやバヌアツですね。オセアニアは個人旅行ではなかなか行けない地域ですし、異なる文化や環境の国で得難い経験ができました。海がきれいだったのが印象に残っています。
プレイヤーが頑張っているのに協会では報酬や名声というかたちで返すことができず、せめて選手たちには国際交流や海外遠征で面白い経験をさせたいと思っていました。クリケットは滅多に行けない国や人たちと出会える機会を提供できる数少ないスポーツだと思うんです。海外ではメジャースポーツなので日本代表と言えば現地で歓迎されます。僕もサインを求められたことがあります(笑)。
クリケット大国インドの誇り
畑中さんの印象的な経験は?
インドでは最も有名なバッターのサッチン・テンドルカールを祀ったお寺があったのは驚きました。インド対パキスタン戦の時だけは両国が休戦しますし、クリケットがいかに特別か、ということですよね。
でも最近は少し様子が変わっています。たしかにかつてクリケットは両国が仲直りするきっかけになると言われたけれど、今政治が絡みすぎてしまっている気がします。
今年2月の男子ワールドカップでも政治の介入で危うく試合をボイコットしかける一幕がありました。スポーツは中立な文化として国と国の間に架け橋をつくる役割があるはずなので、その役割を取り戻してほしいと思います。
そうですね。クリケットは植民地と宗主国の隔てなく、グラウンドに入ると英国人とインド人が対等になれたことでインドでも広く普及しました。スポーツを通して国同士フラットな関係をつくれることには大きな意味があると思います。
10年ほど前に予告編を見ただけでその後日本で公開されたのかわからないのですが、インドのクリケットを題材にした映画がとても面白そうでした。クリケットが国民的なスポーツになるきっかけとなったエピソードを描いた作品です。
その時の記憶では、インドはこれまで3回の独立を果たしたと語られていました。最初は英国から政治的に独立した時。2回目は経済的な発展を遂げた時。3回目がクリケットの聖地、英国のローズ・クリケット場でイングランド代表を破った時です。
普通はネクタイをしないと入れないようなクリケット場のクラブハウスで、その時、インド人は上半身裸でシャツを振り回して喜んだそうです。英国が最も得意とするクリケットの本拠地で自分たちのアイデンティティを強く持って勝利したインドの人たちは、「自分の身体を切ればインド代表の青い血が出る」と表現します。インドにはさまざまな文化や宗教があり、そんな国が1つにまとまっているのはクリケットがあるからだと言いますが、誇張ではないかもと思わされました。
日本のカレー屋さんにも熱狂的なクリケットファンの店員がいますよね。「おれ、クリケットやってるよ」と言うと友だちになれる。普段接する機会が少ないインターナショナル・コミュニティにアクセスできる稀有なスポーツです。
女子クリケット時代のあけぼの
女子も最近になって国内でインド出身の選手が出てきました。綾子さんは現役時代、外国人選手とつながりはありましたか?
遠征以外はほとんどなかったです。そもそも女子のチームは男子に比べてすごく少ないですよね。アジアでもいまだに男性スポーツのイメージが強く、インドやパキスタンは女性チームも強いけれど、男性ほど熱狂している感じではないと思います。
カトリーナさんもワールドカップで優勝したにもかかわらずクリケットだけでは食べていけないと言っていました。自国のクリケット協会のような団体以外に仕事をする場がなかなかなく、選手生活を続けるのは相当しんどいということでした。
2010年の広州アジア大会で優勝したパキスタンの女子代表は「女性はスポーツをするな」と空港で石を投げられたそうですが、そうした状況が変化しつつあるのも感じます。インドのプレミアリーグでは2022年にWPL(Women’s Premier League)が組織されていますし、イングランドの「ザ・ハンドレッド」や、オーストラリアの「ビッグバッシュ」にも女子リーグがあります。
現駐日英国大使のジュリア・ロングボトムさんは公使時代にJCAの理事を務めてくれましたが、お嬢さんのナット・シヴァ= ブラント選手は今イングランド女子代表のキャプテンを務めており、WPLでは1カ月で数千万円を稼いでしまうほどのスタープレイヤーだとか。
プロリーグの誕生によって女性の活躍機会が増え、ほかのスポーツよりもお金をもらえる。環境はずいぶん変わってきたように感じます。とくにインド国内で女子のクリケットは注目されて急速に伸びています。
英国やオーストラリアは女性の間にもクリケットが普及していますが、インドなどは宗教的な部分もあって違いを感じていました。でも最近は、それぞれの国のプロリーグにいろいろな国の選手が集まることで、お金を稼げる競技に変わっているのですね。
ロス五輪採用種目の背景
2028年開催予定のロサンゼルス・オリンピックでクリケットが正式種目に採用されました。米国はクリケットが盛んではないのに、なぜ選ばれたのでしょうか。
そこに米国人の視野の広さを感じます。放映権やスポンサーの獲得といったビジネスの面で、クリケットは大きな収益が見込める世界的に規模の大きな競技であることに米国の人たちは気がついたのでしょう。
私は2012年のロンドン・オリンピックで採用されなかったことがとてもショックだったので、ロサンゼルスで採用されると知ってびっくりしました。
米国では2023年にメジャーリーグクリケットが誕生しました。ここには南アジアからの多くの移民がクリケットに親しんでいる背景があります。南アジアは人口25億人と言われ、この地域で人気のスポーツに着目するメリットはとても大きいはずです。
米マイクロソフトとアルファベット(グーグル)は今、両社ともインド人が社長を務めていますが、米国で成功したインドの人たちが自国のエンジニアを呼んで起業させ、応援しまくる動きが起きていますよね。インド人のコミュニティは結束がとても強く、マイクロソフトはシアトルにクリケットのスタジアムをつくることを発表しました。ICCも米国のスポーツマーケットを興味深く見ているのではないかと思います。
メジャーリーグクリケットは米国のクリケット協会とは別の団体が運営しているんです。ワシントン・キャピタルズはデリー・キャピタルズがオーナー、ニューヨークのチームはムンバイ・インディアンスがオーナーというように、ほとんどのチームのオーナーがIPL(インディアン・プレミア・リーグ)のチームです。
そして、そのチームの運営にはオーストラリアやニュージーランドの州協会が大きく関与しています。選手たちも南アフリカでプレーしていた選手やトップリーグで引退した選手が世界中から集まっており、これはとても面白い動きです。
選手やコーチのリソースが溢れていますよね。日本のプロ野球選手にセカンドキャリアの受け皿が少ないのと違い、世界中に指導を受けたい人たちが山のようにいるのも重要な背景でしょう。
インド出身第二世代の躍進
日本で生活しているインドの人たちがどんどんチームをつくってくれているのはとてもありがたいことです。チームを強くするだけでなく、子どもたちや女性も楽しんでプレーできる環境が整えられれば、とても大きなパワーになります。日本のクリケットを高いレベルに持っていくためにもコミュニティの力を生かしてほしいと思います。
実はそうした中で有望な選手も出てきていて、昨年のワールドカップ予選でU19男子日本代表が東アジア太平洋予選を制し、2度目のワールドカップ出場を果たしました。このチームのキャプテンを務めた選手の両親はインド出身です。本人もインド出身なのですが、その後帰化しました。今、そうした第二世代がプレイヤーとして頑張っています。
日本が内なる国際化を意識する時にクリケットはそのパスポートになると思っています。将来的にインドの人口が中国を超えると見られているので、クリケット仲間がいれば世界中でいろいろなことが始められそうです。
栃木県佐野市や東京都昭島市では長年クリケットを通じたまちづくりが行われてきましたが、今や第二世代が大学を卒業する年齢になっています。彼らは第1世代よりも比較的良い環境でプレーしていた世代です。2020年のICC T20ワールドカップに出場した佐野市の選手たちは大学に進学していますが、今後社会に出る時にクリケットを通して触れた世界観はきっと大きな力になるはずだと確信しています。
クリケットで培ったフェアな視点
畑中さんは今クリケットから少し離れていますが、行政のデジタルトランスフォーメーションなどに関わる中でクリケットの経験はどのように生きていますか?
僕は政府の水際対策や災害医療に関わってきたので、外国人の入国後管理や全国広域災害・救急医療システム(EMIS)の開発を上流で企画したりする中で、常々「短期滞在を含めた外国人を意識しましょう」と言ってきました。短期滞在者の人口は、今後熊本県の人口よりも多くなるという推計が出ており、その人たちは住所地がないので何かあれば国が面倒を見ることになります。そう考えると、外国の人を第二国民と考え適切に対応したほうがよいのではないか。
私たち日本人も外国に滞在させてもらっているし、それぞれの国の政府には大切にしてほしいでしょう?移民を増やすかどうかといった話とは別に、そういう方針を国家基盤として持たなければいけないと思います。今いる人やこれから入ってくる人もきちんと受けとめられる仕組みが、世界とのつながりのためにも必要だということを意識しています。
私のそうした考え方はクリケットを通して培われたことだと思います。
日本の社会はこの国で生まれ育った人にはやさしいところがあるけれど、そうでない人にとってはアクセスしづらいように感じます。外国の人たちには保険を契約することも難しい。
そうですね。外国籍の人が平等に扱ってもらえない条件は、永住権があったとしてもそこかしこにあると思います。
クリケットを応援してくれている企業の中には外国人向けの生活サービスを提供している会社もありますが、一般的にはケータイを契約したり、家を借りたり、口座を開設したりといったことのハードルが高いですよね。これらは1つできないとほかのこともできない手続きです。外国から来た人がゼロからスタートするのがなかなか大変です。
やはり海外を知らずにいることに尽きる気がします。自分の子どもや親族が海外で生活する場合、できるだけ安全・安心・平等に扱ってほしいじゃないですか。そういう視座を持たないと、真逆の環境をつくり出してしまう。フェアな視点を持たないと、日本はなおさら生きづらくなってしまいます。
その意味でもクリケットが外国の文化に関心を持つきっかけになればと思います。海外から来た人にはクリケットのコミュニティが日本を理解できる場にもなってほしい。クリケットにはそういう双方向的な役割を果たせる可能性があります。
注目の愛知アジア大会
僕は学生時代から、クリケットが民間外交の手段になりうると思っていました。当時はインドを意識していたけれど、これからもっと国際的につながっていかなければいけない時に、スポーツに関わることでお互いに順応しやすくなるはず。
その意味で今面白いのはスリランカですよ。在スリランカ日本大使館の紹介で同国から日本を応援するメニューを増やしたいという話をいただき、ワールドカップ優勝経験のあるスリランカに日本のクリケットをサポートしてもらえることになったのです。今、向こうのクリケット協会と提携を結んでいます。
実は、スリランカは親日の人が多く、現地に行くと皆が日本に好意を抱いてくれているのを感じます。スリランカが日本のクリケットを応援していることは彼らにとっても誇りに感じてくれるはずです。選手だけでなく、コーチやグラウンズマンも含めてさまざまな面で交流させてもらっており、今年9月に愛知で行われるアジア大会のクリケットグラウンドをつくるためにグラウンズマンを派遣してもらっています。
今年のアジア大会は、トップレベルの選手を日本で見られる貴重な機会なので私も楽しみにしています。クリケットにとっても良いアピールになりそうです。
インドもパキスタンもスリランカもバングラデシュも来ます。ワールドカップ優勝経験もあるような世界トップクラスの国のプレーが見られるまたとない好機です。クリケットは昨年7月に急遽正式種目になることが決まったのですが、会場となる日進市の皆さんもとても乗り気になってくれており、市内のすべての中学校でクリケットを取り入れてくれることになりました。
スタジアムのような会場が用意されるのですか?
野球場を3面合わせてクリケット場として整備されます。仮設のスタンドなのでキャパシティは多くないかもしれません。チケットは早めに買うのがおすすめです。
せっかくなのでVIP席で見たいです。
VIP席はないかも(笑)。たしかにインドなどのトップリーグの試合は大きなスタジアムを大観衆が埋め尽くしますからね。畑中さんもぜひ来てください。
行きます。僕は社会人になった途端にクリケットに関わらなくなってしまいましたが、今日は自分の原点を思い出しました。あの頃は土日に富士クリケットグラウンドへと通い、宿のおじさんと地元出身のニュージーランド人の3人でずっと芝刈りをしていました。そこに日本中からクリケッターが集まってきていた。
話を聞いてくれる自治体が少ない中、佐野市が最初に注目し応援してくれるようになり、その後、昭島市や千葉県山武市、宮城県の亘理町、大阪府貝塚市がグラウンドを提供してくれたり、学校訪問をさせてくれたりしました。競技人口も660人ほどだった2002年から、いまや7300人(2025年)にまで増えています。これまでの地道な活動が実を結んでいると感じます。
(もう一度)盛り上げよう!
JCAは2027年までの5カ年戦略として「開花」をキャッチコピーに掲げています。アジア大会やロサンゼルス・オリンピックを追い風に「満開」に向けて発展のスピードを上げたいと思っています。畑中さんは佐野市国際クリケット場に来たことがありましたっけ?
完成した直後に行ったかもしれません。
ターフピッチのきれいなグラウンドで、海外の選手もすばらしいと言ってくれています。名古屋や大阪にも本格的なクリケットグラウンドが誕生するのでもっと多くの国際試合やプロの試合を開催したい。
僕はビジネスマンを12年間やり、次の12年間は公(おおやけ)・行政の仕事をしてきましたが、実はその次の12年間を決めていません。クリケットに戻り世界とつながる活動をz再開したくなりました。実はこれまでもスポンサーとしてクリケットに参加したい考えはあったのですが、中途半端に関われないと思い距離を取っていたところがありました。
熱い熱情が出てくると片手間で関わるのも難しいよね。学生時代にクリケットを引っ張ってくれていた人たちも今や社会経験を積んでいるでしょうし、綾子さんのように子育てを経験している人たちもたくさんいる。そうした人たちにもまたクリケットに関わってほしいです。
ソーシャルなクリケットの場を今東京でも復活させようとしていますし、企業が関われる環境も整いつつあります。ボランティアやコーチ、指導者、記録員といったいろいろな立場で関わり方がある。協会運営もアドバイザリーボードという新しい組織をつくろうとしています。
クリケットを経験しているお2人にもぜひ再び関わってもらいたい。一緒に盛り上げましょうよ。
三世代で楽しめるのがクリケット
私は子どもと一緒に試合を見に行きたいな。日本では部活を経験して終わるケースが多いですが、海外には地域のクリケットクラブがあります。それぞれのクラブでおじいちゃんから子どもまで三世代で楽しんでいます。
オープンで平等な文化や世界との架け橋になるスポーツの価値は変わらないものですよね。最近は日本の中でも普及活動のフェーズが変わりつつある気もします。いろいろなところに芽が出始めて、クリケットの位置付けが変わるチャンスなのではないでしょうか。
僕は強い日本代表をつくり、それに皆が憧れて、スポンサーが付く「点の戦略」の流れを考えたけれど、宮地さんは「開花」させるために、いわば土づくりから始めた「面の戦略」の人だと思います。コミュティスポーツとして地域に根を張り広げていくやり方は、強い象徴を植えて、それを中心に選択と集中を進める僕の植林的なやり方とは対照的です。
でも、どちらもすごく必要でしょう? クリケットは短期間で成功を遂げるのが難しいスポーツだと思うけれど、畑中さんが目指したように、人に知ってもらうためには強い代表も必要だと思うんです。
そうですね。時間をかけて文化や環境をつくるのは、息の長い戦略が必要な面白い領域だと思います。
課題はたくさんありますが、クリケットコミュニティはチャレンジを楽しむ場であり、新しいことをどんどん広げられる可能性に満ちています。引き続き頑張りますので日本のクリケットにこれからも注目してください。
(2026年2月26日、オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。